実は何も貢献できていなかったんじゃないかという話

霊性を高める

ぶどうのお父さんのところに行ってきました。

以前ぶどうで新規就農を考えるくらいぶどう作りにのめりこんでしまって、就農をあきらめた後も夏になると頼まれればお手伝いをしたり、ぶどうを買いに行ったりとゆるやかなご縁が続いているのですが、直売所にお邪魔したときの出来事がかなりの衝撃で少し生々しい内容ですが、なかなかの気づきでした。

聞いたことのない信じられないセリフ

ぶどうの直売所に行ったら、お昼のお弁当が届いたタイミングでした。

そのお弁当をこれから食べようとしていたお手伝いに来ているお姉さん(んー、60代くらいの女性)にぶどうのお父さんが「よく噛んでゆっくりお上がり」と言ったんです。

は?よく噛んで、ゆっくりお上がり??

わたし、耳を疑ってしまった!

ぶどうのお父さん、優しいし、よくしていただいたのですが、

(信じられないくらい無茶なところもいっぱいあるのですが・・本当に)

1度もそんな優しい言葉を言ってくれたことが私たちにはない・・・。

お父さんに怒られたこともないけど、優しいことも言ってくれたことがない。

寝食を共にするとまでは言わなくても、何年も一緒に汗まみれになり、ぶどうの畑をかけまわってぶどうを作ったし、辞めた後に旅行も一緒に行くくらい仲は良好にかかわらず。

なぜ???

何年も経過して今やっとわかったこと

その時になぜか一瞬でわかってしまったことがあって、その話が今回したい話なんですけどね。

一言で言うと「あぁ、わたし傲慢だったんだなぁ。」ということ。

お父さんが他人にあんなに優しい言葉をかけることができる人だということを10年近く知らなかったけど、それはお父さんがそんな言葉を私たちに出し惜しみしていたわけじゃなくて、優しい言葉をかけるような優しい気持ちにならなかったということなんだと思う。

言い換えたら、私たちがぶどうのお父さんから優しい気持ちを引き出さなかったというか。。。。

直売所の売り上げを上げたのも、ぶどうを買いにくるお客さんが増えて車の列が何十メートルも連なったのも、50箱以上のぶどうを収穫しても午前中には仕事を終えてしまうほど手早かったし・・・ビニールハウスの屋根の修理もした・・・期待や予想、計画以上の結果を出してきたと思う。

でもね。

売り上げが上がることは喜ばしいことだけど、

もしかしたら

お父さんはのぞんでいなかったのかもしれない。

お父さん本人にも自覚はないかもしれないけど、たぶんのぞんでいなかったんだと思う。

にも関わらず、売り上げが上がったんだから「貢献したはず」何なら文句もないでしょ?みたいな。

求められてもいないのにね。

仕事の楽しさとは幸せとは

私は営業分野が長くて、自営をしたのも早かったので、売れるためにすることや可能性を追求することが仕事だと疑ってなかったし、

何よりそれが楽しかった。

自分で変えられるもの(仕事)に全力で取り組んでよりいいものにするって、手応えがあるし、そのことを信じられるということが自分の幸せだと思っていた。(もちろん幸せ自体は他にもあるよ)

それで致命的なのは「他人もそうなんだと信じ切っていた」ところ。

「だって仕事だから。」

↑仕事に対して幅がとても狭かったんでしょうね。

それに加えて

仕事だけに限らず、自分の持つ感覚だけで「できた気」になってたなんて勘違いですよね。

ぶどうのお父さんの仕事の楽しさって畑でおしゃべりしながら、もっと私たちに頼られながら、おなじみの常連さんにぶどうを売っていくことだったのかもしれないな。

あぁ、何にも貢献してないわ・・・。

 

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