グルテンフリーから考えたこと

LIFE

今グルテンフリーをやっています。毎日の食生活をもっと意識的に自分にとっていいものに変えていけたらいいなと思っています。「食べる」という欲と不確かな栄養の知識に惑わされずに自分の体感を信じてみたい。そして自分の体にさらなる信頼を寄せたい。そんなイメージを持っているグルテンフリーから考えたことをまとめます。

引いてみることで見えること

グルテンフリーという言葉を聞くまでは小麦粉というくくりで普段自分が食べているものを眺めて見ることがなかったので、「グルテン」という耳慣れない言葉が、実は日常の中でなじんでいるもの(パン、うどん、パスタ・・・)だったことにビックリしました。

健康や体のコンディションを高めるために「足す」のですはなく「引く」というのが新鮮です。

健康や快適など自分にとって「いいもの」のためにはサプリやモノを足すことの方が自然で、引くことは不足や不便を感じることのように思いがちです。

でも、グルテンのように当り前に食べているものが実は自分にとってよくない症状の原因だとしたら。

日常から思いもよらないものを引いてみることで自分にとって「いいもの」が高まるとしたら。

なんだか興味が出てくるじゃない?

収入を減らしてみる発想

自分に当たり前になじんでいるもの、いろいろありますがここは思い切って「お金」でいってみる。手元のお金が増える→豊かですもんね。うん、間違いない。

でもあえて、グルテンフリーでいくなら

元のお金を減らす→自分にとってもいいものが高まる

↑これが成り立つのか??

「そんなことあるわけない」と反応してしまう前に、ここは前提に立つことが大切かもしれませんよね。

収入や所得が今より減っても私にとっていいものが高まるとしたら、それはどんな暮らしになっていて何が高まっているのだろう?イメージイメージ

イメージしてみた私の場合

所得が減ったとしても食べることは欠かせないし、新鮮でおいしい果物と野菜が大好きだから優先順位が高めかな。手に入れるために結構な種類を自分で栽培しているかも。

しかもなかなか売っていない伝統品種で無農薬でとってもおいしい野菜が食卓にのぼっているかも。

そして同じようなことに興味のある人たちと実ったものを交換して食べたり、シェアしてるかもしれないなー。

あと加工品や調味料なんかも作ってそう。

ベーコン作った

あら、結構楽しそう。

しかも美味しそう。

それにその食材にしっかりした量があれば犬たち(7頭います)のごはんも手作りごはんを用意してあげることができるかな。

今は手軽なドッグフードにときどき何かをトッピングしてすませていますが、時々フードを食べることに飽きてくる子もいるんです。

ちなみにドッグフード買っている単位は1袋12キロのもの。すごく重い・・・。

しかもあっという間になくなるのですよ。

おそらく所得のピークだった頃の暮らし

作物を自分で作るパターンは「はいはい、よくあるやつね」って思われるかもしれないけど、結局手に入れたお金は何に交換しているのか?ということです。

そこで思い出すのが私の20代後半にしていた暮らし。

一言で言うとひどい。まず晩御飯食べ始めるのが24時すぎてる。当時一応主婦だったんですけど、帰宅は23時すぎは普通で、次の日出勤のため家を出るのが4時すぎ。今考えると信じられない!!

今となってはよくわからないけど仕事3つくらいしてました。(2個自営)

でね、ゴミの日なんです。

火曜日と金曜日、二人暮らしなのに45リットルが3袋もある。多いときは4袋!

週に6袋も出してるってこと?? 2LDKなのに??

お金を得る→何かを買う→ゴミが出る

端折ったらお金がゴミになってないかー??

時間を削って所得を上げてもお金を上手に使うセンスも教養もなく、ゴミをたんまり製造しただけ。

「このままでいいの?こんな暮らしを続けていいの?」ってゴミの日のたびに思ってました。

どちらがいいかではなく、自分の理想を丁寧にさぐるひと手間

お金はあっても時間がなく、大量のゴミを出す暮らし。

所得を下げて時間を増やし自分で食べ物を手に入れる暮らし。

お金か時間か?どちらがいいか?という雑な選択ではなくて、いったい自分は何にお金を使っているのか?何にお金を使いたいのか?それにどれくらい使うのが幸せなのか?

「あえて下げる」からこそ自分の価値観が見えてくる。

グルテンフリーの前に食べたもの

15センチをほぼ一人で頂きました

食べられなくなると思うからこそ、どうしても食べておきたくなった私の大好物♡

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